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倉紡記念館

 2020-07-29
倉敷の美観地区を散策していて、目にとまっ
た「倉紡記念館」を見学した。現「クラボ
ウ」は、倉敷紡績所として創立され初代社長
に大原孝四郎が就任した。第2代社長大原孫
三郎は、教育・社会事業を積極的に推進し、
有名な大原美術館を建設している。第4代社
長大原總一郎は、孫三郎の意思を継ぎ西洋美
術のコレクションを拡充して大原美術館を大
きく発展させた。三者のなかで、やはり、2
代目孫三郎に関心が向く。どのような人物だ
ったのか知りたいという思いが募り、人物伝
を購入した。そうなったのも、見学しなが
ら、こんなことを考えたからだ。「倉紡記念
館」に入ろうと言ったのは、妻の方からだっ
た。そして、見学しながら、思いもよらなか
った妻の長所を発見した。彼女は、とても好
奇心が旺盛で、集中力も高いのだ。じっくり
と展示物を観賞する能力がある。ただ、理解
力に関しては、少し私の方が優れているよう
だ。しかし、私は注意散漫で好奇心が少な
い。そこで、こんなことを思い付いた。彼女
の好奇心と集中力を借りようと。彼女は、観
賞して感じたことや疑問点を率直に口に出し
てくれる。それを聞いて私は、好奇心を触発
させ関心を集中させるのだ。彼女の疑問に答
えようとすることで、学びのきっかけとする
のだ。

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釣り鐘と日本刀

 2020-07-26
NHK「SWITCHインタビュー達人達」より。
釣り鐘を生産する老子製作所社長の元井氏は
「仕事は楽しいですか」というインタビュー
を受け、こんなふうに答えた。「私達が釣り
鐘をそなえつける作業をしている間、作業が
終わるまで、ずっと拝んでいるおばあちゃん
がいた。そういう場面に遭遇すると、我々の
方が感動して鳥肌が立つ瞬間がある。」「作
業が終わって鐘を試し撞きしたときに、境内
に鐘の音が響いている間中、啜り泣きが聞こ
えて来たことがある。ああ、こんな仕事は他
には無いなと思う。」もう一人の達人、現代
日本刀作家で刀匠の川崎氏は「作品を作ると
きに、信仰や美術、芸術を意識しています
か」というインタビューに、こう答えた。
「自分は神でもない、ただの人、誰かの信仰
の対象になる物を作る、なんていう意識は持
てない。大事だと思っているのは、自分自身
がどう生きているか、いかに健康であるかと
いうこと、それが作品に反映される。」元井
氏の答えを聞いたとき、自分の場合は元井氏
のような実例があるだろうかと思った。全く
無いとすれば、自分は情熱のある仕事を創り
出せていないのだろう。川崎氏の答えを聞い
て、自分の生き方は、仕事に反映されている
だろうかと思った。残念ながら、自分の生き
方と仕事との間には、矛盾がある、連動して
いない部分がある。矛盾を無くし生き方と仕
事を連動させることで、仕事に対する情熱が
持てるようになるだろう。

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小泉八雲

 2020-07-23
「親愛なる先生。先生は、これまで私達が教
えていただいた中でも、最も立派で、最も優
しい先生のおひとりです。〜 今お別れに際
し、私達の気持ちには言葉に表せぬものがあ
ります。生徒一同より記念の品として日本刀
一振りをお贈りいたしました。」島根県尋常
中学校生徒代表 大谷正信。先生は小泉八雲
(ラフカディオ・ハーン)、同校で英語教師
を務めたのは、わずか一年と数ヶ月だった。
明治24年頃といえば、まだ江戸時代の風情が
残るであろう、そんな時代に日本刀を生徒か
ら贈られている。それも外国人がだ。西欧生
まれの八雲氏は祖国以上に日本を愛したので
はないだろうか。作家でもある彼の随筆「日
本の心」「神々の国の首都」を読めば、日本
人以上に日本にたいする愛情があるのではな
いかと感じられる。八雲氏は生徒たちに、こ
んな言葉を返した。「親愛なる生徒諸君。あ
の贈り物を見た時、私の頭には「刀は武士の
魂である」という日本の古いことわざが浮か
びました。そして、あの素晴らしい品を記念
に選ばれたことで、皆さんは自らの魂を象徴
されたように思われました。」島根県松江市
には、教え子やゆかりの人たちによって、小
泉八雲記念館が建設されており、現在も開館
している。関わった人々の心に深く刻まれた
八雲の生き様は、永遠に語り継いで行かれる
べきものなのであろう。


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桜守

 2020-07-15
NHK ETV特集より。92歳の「桜守」佐野藤
右衛門さんは昨年の台風で倒壊した桜の再生
を依頼された。現場に赴いた佐野さんは、倒
れた桜の幹を軽くコンコンと、木槌で叩き音
を確かめる。その様子は、まるで患者を診る
医者のようだ。佐野さんの口調は、ぶっきら
ぼうだけど、話の中身は理路整然としていて
深い。そして、言葉に迷いがない。つぶやく
ように話すひと言ひと言が、名著を読んでい
るかのごとく、聞く者に知恵と気付きを与え
てくれる。なぜ、佐野さんはそんな言葉を発
することができるのだろう。それは、佐野さ
んが「桜道」というものを極めて来たからだ
と、私は思う。関わった一本一本の桜に、渾
身の愛情を注いできた「道」だ。そこには金
儲けを優先させる道は存在しない。地位や名
誉を求める道も存在しない。佐野さんの言葉
には、矛盾がない。自然の法則に従っている
ように感じるからだ。佐野さんの言葉を聞い
ていると、桜との付き合い方も、人との付き
合い方も、同じだと思えてくる。そして、も
う一つ、素晴らしいのは、佐野さん独特の軽
口だ。この軽口は、けっして悪い意味ではな
い。軽口だからこそ、聞く者にとって気持ち
よく、すっと心に響いてくるのだ。

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テレジンの絵

 2020-07-08
NHKこころの時代「テレジンの絵は語り続け
る」。テレジンを語りつぐ会を主催する野村
路子さんは「テレジン収容所の幼い画家たち
展」を発足し開催している。テレジンは、ア
ウシュビッツの控え室と呼ばれていた場所
だ。テレジンに収容された子供たちは、まも
なく、アウシュビッツに送られ、ナチスによ
ってガス室に葬られる運命にあった。それを
知りながら子供たちは、収容所の中で切実な
想いを絵に描いた。野村さんはテレジンの絵
を日本の子供たちにも伝えたいと、展覧会を
開催している。野村さんは当初の思いを、こ
う語っていた。「絵から子供たちの声が聞こ
えて来た。だけど、こんな子供の絵を、しか
もレプリカを、誰が観に来るのかという不安
もあった、けれども、最後は、自分で自分の
気持ちを裏切っちゃいけないという思いが実
行を決断した。」以来30年あまり活動を続け
ている。現在、80歳を超える野村さんの強さ
と美しい感性に尊敬の念を禁じ得ない。女性
には、男性に比べて強い慈愛の心が備わって
いる。平和な社会のため、人類が幸せに生き
るために、男性はこの心を尊重しなければな
らない。そして、男性は、女性の慈愛が世の
中に溢れ出るのを促すよう心がけるべきだ。
そうすることで、両者が幸せになるだろう。

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等伯

 2020-07-04
絵を見て涙ぐんだのは初めてだ。それも美術
館ではなくテレビで見た絵だ。長谷川等伯
作、国宝「松林図屏風」。番組のゲストが絵
中の松林について「人を表わしている」とコ
メントした瞬間、共感と納得の感情が高まっ
て瞳が潤んだ。長谷川等伯とは、どんな人物
だったのか知りたくなった。そうして、今、
安部龍太郎著作の小説「等伯」を読んでい
る。小説の中にこんなくだりがあった。「在
のままの自分を見るには、絵を描けばよい。
自分が描くすべての絵が在のままの自分なの
だ。」私は、人生は在のままの自分を探し出
す旅だと思っている。自分が創り出すもの、
発する言葉、人に与えるもの、その中に在の
ままの自分を見つけることができれば、理想
の生き方ができるのではないか。在のままの
自分がわかれば、自分の内面になぜ、美しく
ないものが存在するのかという疑問を解き明
かすことができる。そして、美しくない心を
なくすことはできるのか、できないとすれ
ば、その心とどう付き合っていけばいいのか
が明確になる。そうなれば、松林図屏風の松
の木のごとく、自我との闘いを乗り越えるこ
とができるだろう。

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体得底

 2020-06-29
NHKこころの時代「禅の知恵に学ぶ」より。
禅の修行道場である正眼僧堂では、食事、掃
除、座禅などの合図は、すべて「鳴らしも
の」と呼ばれる音で導かれる。言葉による合
図は行われないのだ。その理由を山川宗玄老
師はこう語る。「言葉で指示されれば、例え
ば、今はやりたくない、疲れている、など
と、その指示に対する反論の言葉が思考され
る。しかし、音であれば、繰り返すうちに、
頭で考える前に自然に体が反応するようにな
る。僧堂では体得底をたくさん身に付けるこ
とが修行の原点、体得したものは忘れない、
誤らない、言葉で身に付けたことは、何かの
折には違う動きをしてしまう。」体得底に対
して、書物や授業など、頭で学んだだけの知
恵を学得底という。学得底だけでは、現実の
生活には功を成さない。例えば、夫婦円満の
秘訣が、家事を手伝うことだということを知
っていても、手足を使ってそれを実行に移
し、習慣にまでしない限り成果は出ない。か
と言って学得底が不要なわけではない。むし
ろ学得底の方が、人格を高めるうえでは重要
ではないだろうか。体得だけで得られる知恵
には限界がある。人生をより良いものにする
ためには、学得底によって知恵を広め深める
とともに、正しい方向づけを行い、それを実
行習慣化して、体得底にすることが肝要だと
思う。

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