FC2ブログ

小さい生き方 36

 2018-08-17
「刑務所しか居場所がない人たち」著者、山本譲司。この
本は読み進むごとに関心が高まってきて、あっという間に
読み終わった。しかも、心にしばらく余韻が残るぐらい、
感動の一冊だった。刑務所というと、凶悪な殺人犯や暴力
団がたくさん居る、というイメージだが、実際には、そう
いう人たちは一握りだという。この本で、特に問題にして
いるのは、知的障害者だ。なんと、全受刑者の2割相当に
ものぼるという。内容の詳細は割愛するが、文章も子供向
けに書かれていて、とても読みやすかったところも素晴ら
しい。
ところで、受刑者を更生させるために必要なのは、刑罰だ
ろうか。「恐怖」というのは、人の行動を支配するのに、
最も効果があるだろう。だけど、恐怖では人の心を、根底
から支配することはできないのではないか。やさしさや、
楽しさ、感動で、人の心と行動をコントロールできれば、
すごく素敵なことだと思う。刑罰が、まったく無意味だと
は思わないが。
話は変わるが、最近、「アマゾンにだけは支配はされない
ぞ!」と、かたく心に誓っている。だから、やつらが毎
日、毎日、うっとうしいくらい、推奨メールしてくる本や
CDは、意地でも買わないことにしている。だけど、くやし
いのは、その推奨が絶妙なことだ。やつらは、妻よりも私
の好みを熟知しているし、世界中のだれよりも私の行動を
覚えていてくれている。しかし、やつらも時々、見当ちが
いな推奨をしてくる。そのときは、親の仇でも取ったよう
に勝ち誇った気分になる。まるで子供だ。さらには、「俺
が必要なときだけ、お前らを利用させてもらう」と、心の
中で息巻いているが、妻よりも私のことを理解しているや
つらに、ひれ伏す日が来るのも、近いような気もする。そ
の証拠に「ご一緒にポテトはいかがですか?」的な、つい
で買いの商品の提案には、いつも、まんまと乗せられてい
る。「AI」おそるべし!。だけど、だれよりも気の合
う、そして喧嘩もできる(一人でだが)友人になるかもし
れない。(生身の友人がいない私は、本当にそうなる可能
性が高い)
しかし、AIや便利なアプリは、どんどん人間の能力を弱
めているような気がする。AIにはできないことで、人が
人を幸せにするためは、どのような能力を高めていけばい
いのだろう。AIは、おそらく友人にさえ、なれるように
なるだろう。というか、AIの友人の方が、生身の人より
も、引く手あまたになるのではないか。なんか、ちょっと
腹立たしい。(AIに嫉妬している)これからの人生、A
Iに負けないための闘いになりそうだ。
「AIにできないこと」をググってみた。・・良かった!
「ない」とは出てこなかった。トップにこんなのが出てき
た。機械にもAIにも奪われないスキルとして、クリエイ
ティブ(0から1を作る能力)、リーダーシップ、起業家
の3つがある・・・だけど、この3つに該当しない人の数
は、いったいどれくらいになるのだろう。それが、全部、
AIに取って代わられると思ったら、だんだん恐怖さえ感
じてくる。やはりAIとは友だちになっておこう。そし
て、つねにAIくんを横目で見ながら、AIくんよりも、
やさしさや、楽しさ、感動を与えることができる人を目指
すことにしよう。

スポンサーサイト
カテゴリ :小さい生き方 トラックバック(-) コメント(-)

小さい生き方 35

 2018-08-10
「棺桶ボックス」って、何だと思いますか?。先日、ボク
ラの時代というテレビ番組に「中尾彬、池波志乃夫妻」と
「佐々木健介、北斗晶夫妻」が出演していた。それぞれが
夫婦生活などを自由に語り合う対談番組だ。話題の中心に
なったのは、いま流行りの「終活」。佐々木夫妻は、終活
のひとつとして「棺桶ボックス」と命名した箱を、おたが
いが準備しているという。その棺桶ボックスなる箱には、
それぞれ、自分の棺桶に一緒に入れてほしい物を入れてあ
るということだ。ネーミングはとても暗いが、あえて、そ
うしているのは、実際にその時が来たときに、思い出しや
すいようにするためだという。良いアイデアだ。私も、家
内に提案してみようかな。終活もそろそろ考えておいた方
がいいかも知れない。終活と言えるかどうか分からない
が、グチや暗い話を言わない老人になりたい。そのために
何よりも大切なのが健康維持。体も心もだ。心の健康は、
どうやって保っていけばいいのか。私が、気をつけている
のは、大切にすることと捨てることの取捨選択。迷いと不
安を無くしたいからだ。しかし、言うのは簡単だが、実行
するのは難しい。特に、捨てるのが難しい。思っていても
実際には、なかなかできない。だから、私の場合「捨て
る」ではなくて「捨ててもいい」と、ハードルを下げてい
る。まったく、中途半端この上ないが。そして、機会のあ
るたびに、その「捨ててもいい」フォルダの中から、少し
づつ捨てることにしている。たとえば最近では「マッチョ
な肉体を目指すこと」を捨てた、つもりだ。どう考えても
運動の嫌いな私には向いていない。と言いながらも心の奥
底には、もしかしたら、また、拾うかも知れないという思
いも潜んでいる。なんとも、未練がましい。まあ、もとも
と、捨てるも何も、マッチョになるための努力は、なんに
もしていなかったのだけど・・・
つねに明るい話だけをするというのは、案外、できそうで
できないものだ。どうしても、災害や犯罪など、マイナス
なことの方が目に付くし、話題にしやすい。反対に、プラ
スのことを見つける、というのは、かなり感度を高めない
といけない。「その○○素敵ですね!」などと、すぐに言
葉に出せる人に、とても憧れる。仕事でおつきあいのあ
る、Aさんという女性は、グチでさえも、明るく楽しそう
に話して、爆笑の渦を巻きおこす。ネタだったのかと思う
くらいだ。そして、会う度に必ず、一回以上は褒めてくれ
る。しかも、それが、すごく自然だ。今度、お会いしたと
きには「爪の垢を少しください」と、頼んでみることにす
る。
さて「終活」を、ググってみた。人生の終わりのための活
動の略。人間が自らの死を意識して、うんぬんかんぬん、
とある。早くも読む気がしなくなってきた。死を意識する
時点でモチベーションが上がらない。しかし、佐々木夫妻
は、とても明るく楽しそうにやっている感じがする。私も
早速「棺桶ボックス」を作って、そこには、家内に、現金
を入れてもらうことにしよう。地獄の沙汰も金次第という
ではないか。まあ、一円足りとも入れてもらえる気はしな
いが・・・


カテゴリ :小さい生き方 トラックバック(-) コメント(-)

小さい生き方 34

 2018-08-02
「土用丑の日」というのは、夏だけじゃなくて、季節の変
わり目にあるという。だが、この言葉は、鰻を食べて暑い
夏に元気を出す、ということの代名詞のように、頭にすり
込まれている。そういうものが一年の中にけっこうある。
「バレンタイン」「クリスマス」「母の日、父の日」
等々、販売促進のための企業戦略なのは言うまでもないこ
とだが、その時期になると否が応でも、目に耳に、入って
くる。と同時に、贈りたい、贈られたいという気持ちも芽
生えてくる。
懇意にさせて頂いているA社長は、土用丑の日に、毎年、
鰻の名店から数百尾の蒲焼きを取り寄せ、社員や取引先に
配っている。これは、実はとても労を要するのではない
か。まず、有名店から、そのまとまった数を調達すること
が困難だろう。そして、もっと大変なのは、日持ちのしな
い蒲焼きを、その日のうちに全部配らないといけないこと
だ。けれど、その労を知っても知らなくても、やはり土用
丑の日に鰻の蒲焼きを贈られるのは、とても嬉しいもの
だ。しかし、なにより素敵なのは、そうやって相手が喜ぶ
ことを推し測って実行するA社長の感性だ。
ところで、頭の良い人と、感性豊かな人は、どっちが価値
が高いだろう。どっちも素晴らしいことで、比べることは
ナンセンスかも知れないが、あえて検討してみる。ただ
し、ここで言う「頭の良い人」は、理論的、計算的能力が
高い人のこととする。イタリア、ルネサンスの時代、メディ
チ家という銀行家で政治家の一族はダヴィンチ、ミケラン
ジェロなど芸術家のパトロンとなり文化を育てた。また、
ルートヴィヒ2世という国王は、大作曲家ワーグナーに入
れ込んで、湯水のごとく財産を彼につぎ込んだ話は有名
だ。使い切れないぐらいの富を持つ人は、感性的なこと
に、大きな価値を認めているのかも知れない。しかし、感
性の豊かさとは、天性的なものだろうか。確かにそういう
部分もあるだろうが、後天的に養われる部分も多いと思
う。そして、私は、豊かな感性と、人を幸せにすることと
は、同義だと考えている。だから芸術に限らず、誰もが生
き方を通じて感性を磨くことが出来るはずだ。特に、世の
中の強者たる、頭の良い人や、富を持つ人が、感性を豊か
にすることを意識すれば、もっと幸せな人が増えていくの
ではないかと思っている。ごめんなさい、どっちが価値が
高いかというテーマは、もう、どうでもよくなってしまっ
た。
有名な瀬戸内寂聴さんが、テレビでこんな話をしていた。
自分は今、96歳になるが、毎年「母の日」には憂いてしま
うという。いつも、その日、寂聴さんのもとには、たくさ
んの贈り物が届く。ただ、実の娘からは届かない。寂聴さ
んは、そのことを「恥ずかしい」と言っていた。色々と事
情があったようだ。寂聴さんは、自己の句集で、こんな句
を詠んでいる。
子を捨てし われに母の日 喪のごとく
「母の日」に、母を悲しませないようにしたいものだ。

カテゴリ :小さい生き方 トラックバック(-) コメント(-)

小さい生き方 33

 2018-07-27
読書オタクの私は「栞」に、こだわっている。と言って
も、デザインとか素材とかにこだわっているわけではなく
て、コンサートや美術館に行ったときのチケットを栞とし
て使っている。想い出に浸れるからだ。チケットには日付
けなどの情報がきちんと書いてあって、その頃のことを振
り返るのに都合がいい。普段は時間が経つのが早い気がす
るけど、チケットの日付を見ると、あれからまだ一年しか
経っていないんだ、などと思ってしまう。そんなときに考
えるのは、◯年前に比べて自分は成長したかな、というこ
とだ。大きく成長したとは思えないが、少しはマシになっ
たような気もする。私にとっての成長は、心の成長と行動
の変化だ。心の成長はとても時間がかかるけれど、行動は
1日で変えることができると。そして、行動を変えること
で、心も少しづつではあるけど、成長することが可能だと
思っている。だけど、心が変わる速度は、行動の変化に比
べて、とても遅いし、実感がない。永遠に変わらないよう
に思えてくる。だから、期待はしないで、普段は忘れてお
く方がいい。 時々、思い出して、数年前の自分と今の自分
を比べるくらいが丁度いいだろう。実際、ふだんの行動で
さえ、私の場合、小さなことしか変えられない。たとえば
最近、変えたことといえば、朝食の野菜の量を増やしたこ
と。おかげで、お通じの調子がとても良好になった。レタ
スと胡瓜に感謝だ。これから変えようと思っていることは
「ありがとう」に、ひと言付け加えること。会話でもメー
ルでも、手紙でもメモでも。案外こんな小さなことが、ぜ
んぜん出来ていなかった。例えば「いつもありがとう」と
するだけでも、相手に与える印象が違う。ありがとうのお
礼をする前に、ちょっと間を置いて、どんな言葉を付ける
かを考えることで、言葉のセンスが磨かれるのではない
か。何に対してなのかという感謝の対象を表出させれば、
自分の心にとても響くようにも思える。
心を成長させる行動とは、どんな行動だろう。ひと言でい
えば「誰かに喜ばれること」だ。それは、直接的でも間接
的でもいい。誰かを悲しませないとか、不快な気持ちにさ
せないというような、静かな行動でもいい。大きなことは
出来なくても、毎日意識して、行動に移していくことが、
心を成長させることになると思う。
話は変わるが、現在、成人の4割が、年間に一冊も本を読
まないという。ただ、紙媒体の読書率は落ちているが、電
子書籍の読書率は伸びている。一方で、老眼の進行が
年々、低年齢化しているらしい。電子書籍はとても便利だ
が、大切な目を痛めているのかもしれない。ひとつの試み
として、素敵な「栞」とオシャレなブックカバーなんかを
プレゼントするように心がければ、紙媒体の本の読書率が
向上するかも、そして、それが老眼進行を遅らせること
に、一役買うことになるかもしれない。その意味で冒頭に
話した、チケットの有効活用も紙媒体を応援することにな
るだろう。チケットが無いという方は、ぜひ、美術館に足
を運んで「スマホ時間」を減らしてほしい。大切な目のた
めに。ただ、暇さえあればiPadを開いている私は、どんど
ん老眼が進んでいる。

カテゴリ :小さい生き方 トラックバック(-) コメント(-)

小さい生き方 32

 2018-07-20
「ポゴレリチ」というピアニストのCDを買った。いつも
の私の癖で、突発的に興奮して、購入行動に移ってしまっ
た。今回の興奮の理由は、彼の有名なエピソードだ。その
エピソードとは、彼は第10回ショパンピアノ国際コンクー
ルの本選に落選したのであるが、その審査員の中に、現
在、世界で最も高い評価を受けているピアニストのひと
り、マルタ・アルゲリッチがいた。アルゲリッチはその審
査で、ポゴレリチの落選審査を不服として「彼こそ天才
よ」と言い放ち、審査員を辞退したのである。しかし、こ
れが「ポゴレリチ事件」として話題を呼び、彼は一躍スタ
ーダムに駆け上がったのだ。彼は少年時代から変わった奏
法をしていて、前述のショパンコンクールでも通常とは異
なる奇抜な演奏だったようだ。しかし、考えてみると、私
は音楽はど素人だが、世界最高峰のショパンコンクールに
出場して、ふつう、奇抜なことなどするであろうか。もし
かしたら「目立とう」という狙いもあったのかもしれない
が、そうだとしても、相当な度胸がいるだろう。誰もが考
えるのは、審査員全員の意図を予想したうえで、模範的に
高得点を狙いながら、自分の個性をアピールしていくとい
う方法だと思うのだが。
自分らしい生き方というのは「ポゴレリチ」のような生き
方だろうか。彼には、批判的な声も多かっただろうし、ご
く一部の人達にしか支持されていなかったのかもしれな
い。だが、個人にとっての成功は、必ずしも世間から多く
の支持を得ることではないと思う。かと言って、ひとりよ
がりで好きなことをして、勝手気ままに生きるのも成功と
は思えない。もし、それが、自分らしい生き方だと考える
のなら、それは、人間としての成長が、少し不足している
のではないか。「自分探し」という言葉があるが、これ
は、ただ「やりたいこと」を探すのではなくて、誰かのた
めに役立ったうえで、自分が情熱を込めてやれることを探
すことだと思う。
男性は、持って生まれた明確な役割というものが、神から
与えられていないとも言える。それは自分で考えろという
ことだろう。ポゴレリチは、どのような意志をもって奇抜
な奏法をしているのかは分からない。本人は奇抜だとは考
えていないのかもしれない。ただ、彼は少年時代からのや
り方をやり続けている。アルゲリッチの一件がなかった
ら、奏法を変えていたかもしれない。いや、おそらく変え
ていないだろうと思えてきた。なぜなら、アルゲリッチに
聴いてもらえるというステージまで辿り着いたという事実
は、彼の奏法が世の中に受け入れられているということに
ほかならないからだ。彼に対する最近の評価をググってみ
ると、ステージマナーの悪さや演奏の特異さが、つねに取
り上げられている。しかし、それでも多くのファンを魅了
していることは間違いない。 マナーの悪さを見習おうとは
思わないが、自分が生きて行く分野(仕事)で、常識破り
なことをしようとするポゴレリチの生き方は好きだ。
まあ、理屈はともかく、CDを聴いてみよう。ああ、何で
も理屈から入ろうとするこの癖をなんとかしたい・・・

カテゴリ :小さい生き方 トラックバック(-) コメント(-)

小さい生き方 31

 2018-07-13
私の「一緒に食事したい女性ランキング」ベストスリー
は、NHK短歌に出演しているタレントの「カン・ハンナ」
さん、NHK俳句の司会を務める女優の「戸田菜穂」さん、
それから、みじかな人で「Aさん」だ。実現することはあ
り得ないが、カンさんと戸田さんを選んだのは、番組をい
つも観ていて、感性がとても魅力的だからだ。Aさんは、
とても「感がいい」人だ。直感力というか想像力というか
適応力というべきか、心を察知する能力が優れている。ま
るで霊感とも思える能力が、普通の人よりも強いのではな
いかと思うのだ。そんなAさんと、一度ゆっくり、食事し
ながら話したい。そして、その素晴らしい能力を存分に感
じると同時に、なぜ、そのような能力が備わっているのか
学び取りたいと思っている。
ちなみに男性と女性では、食事に対しての取り組み方や本
能的なものが、ずいぶん違うのではないか。極端なことを
言えば、男性は肉体的なのに対して、女性は精神的だ。だ
から、女性は食事の雰囲気の快、不快に対して、デリケー
トな反応になる。対して男性は、お腹と舌の満足以外のこ
とはあまり気にしない。これについて男性の視点で考えて
みると、男性同士で食事をする場合は、雰囲気はあまり気
にしなくていい。だが、女性との食事となると、そうはい
かない。もちろん、そんなことは誰でも分かっていて、お
店を選んだり、服装に気を使ったりしている。しかし、そ
れら以上に雰囲気を左右するのが、行動と会話だ。お店で
の行動は、マナーや店員さんに対する態度、オーダー、会
計のすべてが雰囲気の良し悪しに影響する。だから、男性
は女性を楽しませる雰囲気を演出しようと思うのであれ
ば、普段から、いつも同じ店に行くのではなくて、なるべ
く色んなジャンル、様々なスタイルの店に行くようにし
て、慣れておけばいいと思う。そして、会話は、たくさん
喋ればいいということではない。個人差はあるだろうが、
なるべく女性に喋ってもらった方がいいと思う。そのため
には、女性がたくさん話してくれそうな話題に誘導するこ
とだ。それに、あまり上手に喋りすぎると、相手が喋りに
くくなるということもある。男性は少ない喋りの中に、深
みがあれば好ましい。深みとは、物知りだとか、知識があ
るということではなくて、生きる知恵や生き方のセンスの
ようなものだ。
それから、何よりも大事なのが、心構えだ。男性はたと
え、相手にご馳走するにしても感謝の気持ちを持った方が
いい。相手は大切な時間を、自分に与えてくれたのだか
ら。女性は外出するのに化粧など、手間も時間もコストも
かかる。一回の食事で犠牲になるものは、男性よりもかな
り多いはず。だから、男性はお礼の意味を込めて、高価な
物でなくていいから、ちょっとしたプレゼントを用意して
おけば、気持ちが伝わって雰囲気が良くなるだろう。
話は変わるが、現在、男性の生涯未婚率は、20%を超えて
いるという。5人に1人が一度も結婚しない、もしくは、
出来ないという時代だ。その原因として、男性が女性と関
わることが少なくなっているのだとしたら、人生がとて
も、もったいない気がする。男性は男性同士でいる方が、
楽かもしれない。女性と関わるのは気を使うし、さらに、
結婚となると社会的責任まで背負うことになる。だけど、
それに見合うだけの、大きな喜びと心の成長が期待できる
のではないだろうか。

カテゴリ :小さい生き方 トラックバック(-) コメント(-)

小さい生き方 30

 2018-07-06
お世話になっている社長さんのお誘いで、淡路島に日帰り
観光に行って来た。私のベストワンスポットは伊奘諾神宮
にある「夫婦大楠」だった。樹齢900年以上といわれる、
その大楠は、根元は1本だが、途中から幹が二本に分かれ
ている。不思議なことに、元々は二本だった木が、いつし
か繋がったのだという。まさに「夫婦」と呼ぶにふさわし
い。夫婦大楠の二本の幹を見比べてみると、片方が真っ直
ぐ悠々と大きく伸びているのに対して、片方は一方の邪魔
にならないように、折れ曲がって伸びている。その曲がっ
た方の幹は、相手を根元で支えながら、相手が大きく伸び
るのを助けているように映る。まるで夫婦のあり方のお手
本のようだ。だが、折れ曲がって伸びている幹の方は、夫
だろうか、それとも妻だろうか。私は、夫だと思う。そも
そも、人間というものは、女が主役で、男は脇役だと思う
のだ。そして、私の勝手な想像だが、女は、人生を楽しく
するために、男という生き物をつくったのではないか。そ
う考えれば、男は女を楽しませるために存在することにな
る。だから夫が、この原則(私流の)に従って自分の生き
方を考えて行動すれば、夫婦関係が充実したものになっ
て、夫自身も幸せになると思っている。しかし、言葉にす
るのは簡単だが行うのは容易ではない。なぜなら、男と女
の「楽しみ」は、一致しないことが多いからだ。だからと
いって、夫が自分の楽しみを全て犠牲にしたら長続きしな
いし、妻も心苦しくなる。夫は夫婦大楠の片方の幹のよう
に、折れ曲がりながらも上手に伸びて行くことは、できる
のだろうか。
恥ずかしい話だが、私、40歳ごろまでは、まず自分が満ち
足りた上で妻の満足を考えればいい、という考え方だっ
た。けれど、ある日、妻の何気なく言ったひと言が、考え
方を変えるきっかけになった。妻はその時「わたし、いま
幸せ」と言った。その言葉を聞いて何故か、頭をカナヅチ
で殴られたかのような衝撃を受けた、と同時に、鳥肌が立
つくらい心が気持ちよかった。その時に初めて気がつい
た。考え方が逆だったと。そうして、根本的な考え方が変
わってくると、日常の一つ一つのことに、気づきと課題が
生まれる。例えば、妻はなぜ、その日あったことを喋りた
いのだろう? という疑問を抱けば、そのことについて知識
を得ようとするし、どう対応すれば良いかを考えるように
なる。以前なら理解不能なまま、理由も考えず、ただ、イ
ライラしていた。そして、さらに進むと、それを自分も楽
しむべく、工夫するようになる。また、妻が喜ぶことを考
えるのは、自分には存在しない嗜好や価値観を研究するこ
とになって、面白いし、その知恵が外で役に立つこともあ
る。
ちなみに「夫婦大楠」を観に来ていたのは、熟年夫婦が多
かった。有名なパワースポットでもあるこの「大楠」は、
安産、子宝、夫婦円満の御利益があるらしい。熟年夫婦の
夫は「曲がった方の幹」を見て、自分に置き換えることが
出来たら、熟年離婚を回避するという御利益を得られるか
もしれない。
私の法則でいくと、妻を楽しませることが出来ない夫は、
人生の後半、お払い箱になる確率が高い。

カテゴリ :小さい生き方 トラックバック(-) コメント(-)
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫ 次ページへ ≫