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小さい生き方 28

 2018-06-29
手について考えてみた。美容室や歯科クリニックに行っ
た際に、とても気持ちのいい感触の手に出会うことがあ
る。それは、技術的なことではなくて、その人の指その
ものが、神から与えられた特別なもののような気がす
る。指から暖かい癒しのエネルギーが心の中まで伝わっ
て来る感じがするのだ。そして、面白いことに、その人
の見た目や会話を通じて、勝手に頭で思い描いていた人
物像と、指が触れた瞬間に心で感じた感覚とのギャップ
が大きいことがある。例えば、笑顔をあまり見せないク
ールな感じの人だと思っていたら、その指が触れた瞬
間、暖かい優しさを感じるということがある。その人の
心根を現しているのは、いったいどっちなんだろうかと
思う。しかし、本人は自分の指が特別なことを知ってい
るのだろうか。私だけが感じているのであれば知ってい
ても意味はないかもしれない。今度、機会があれば尋ね
てみることにしよう。
ピアノを弾いている手を観ながら聴くのと、観ずに聴く
のとでは、前者の方が感激が大きい。不思議だ。手から
心を伝えることができるのだろうか。
手に、心を込めることは出来る。優しい手の使い方をす
ることで、心も優しくなってくるのではないかと思って
いる。例えば、食事の時には手の所作を意識して、料理
の美しさが損なわないように、食器が傷付かないよう
に、相手に不快を与えないように気をつける。レジで釣
り銭を受け取る時に、両手で受ける。ドアの開け閉めな
ど、何かを動かす時には最小限の力で動かす。物を置く
時は静かに置く。椅子を引く時に音がしないようにす
る。傘を差す時たたむ時に周りに気を配る。運転してい
て道を譲ってもらった時の手振りに感謝を込める。まだ
まだ、たくさんありそうだ。日常のほとんどのことを手
を使ってしている。その一つ一つを意識して優しい使い
方を考えていれば、必然的に人や物や自然を愛おしむこ
とになる。
当たり前のことだが、手紙は、手で紙に書くから手紙と
いうのだろう。パソコンから打ち出したものは、手紙と
は呼べないことになるのかも知れない。気になったので
「手書きの手紙」をググってみた。たくさんヒットし
た。こういう言葉が存在するということは、手紙は手書
きとは限らないということだろうか。まあ、どうでもい
いことだが。ちなみに「パソコンで手紙」でもかなりヒ
ットした。
そう言えば、昔、ピンク電話と呼ばれるダイヤル式の公
衆電話があった。10代の頃、女の子の自宅に電話をかけ
るのに、ダイヤルを回して戻って来るまでの間、心臓を
ドキドキさせながら、最初に何を言おうか、やっぱり掛
けるのをやめようか、などと迷って、結局やめてしまう
こともしばしばあった。震える手でダイヤルするから、
番号を間違えることもしょっちゅうだった。
手は、震えたり、汗ばんだりして、心が現れる。そうで
あれば握手は心を見せ合う儀式のように思えて来る。私
は握手はあまり好きではない。特に初対面で握手を求め
られると、パフォーマンスとしか思えない。だけど、女
性の手が何かの拍子にアクシデントのごとく、触れるの
は大好きだ。

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小さい生き方 27

 2018-06-22
水に浮かぶ一輪挿しを買ってきた。ベランダのプランタ
ーに咲いている花を挿してグラスに浮かべた。食卓に置
くと、食事の雰囲気がちょっとだけ豪華になる。ちょっ
とだけ涼しく感じる。グラスに浮かんだ花を眺めている
と、風が吹いたら揺ら揺ら優雅に漂う。だけど、グラス
の中は狭くて窮屈そうだ。もっと、伸び伸び泳がせてあ
げたい。そう思ったらいてもたってもいられず、リサイ
クルショップに向かい、適当なガラスの器を買って来
た。これは、たぶん素麺を食べる器だ。早速、一輪挿し
を浮かべ息を吹きかけると、くるくる周りながら水面を
浮遊して、すごく可愛い。ただ、今度は広くなったぶ
ん、一つだけでは寂しい感じがする。もう一つ、一輪挿
しを浮かべたくなった。二つの花がくるくる泳ぐ愛らし
い光景を想像したら、もう我慢できない。だけど、この
一輪挿しは、海を渡った広島で買って来たものだから、
今すぐ買いに走る訳にはいかない。こういう時に便利な
のはネット通販。「あった!」迷わず購入、こういうの
を衝動買いというのだろうか。衝動買いを検索してみる
と「買う予定はないのに、商品を見ているうちに欲しく
なって買うこと」とあるから、少し違うのかもしれな
い。あえて言うと興奮買いだろう。
さて、こんな私を見て、家内はこう言った。「とうとう
花鳥風月に入ったね。」「どういうこと?」と尋ねる
と、家内いわく、最初は「花」を愛で、それから「鳥」
の声に喜ぶ。そして「風」の心地良さに幸せを感じ、最
後は「月」を眺めて感嘆することだという。ようするに
老人街道まっしぐらだということだ。なるほど。だけ
ど、私に言わせると、これは花の有効活用をしているつ
もりだ。せっかく綺麗に咲いた花が、ただ、枯れていく
のは可哀想ではないか。だから、枯れる前に活躍の場を
設けてあげているのだ。
話は変わるが、最近は人生百年時代といわれている。人
生の後半、自分の活躍する場も考えないといけない。枯
れない人生をつくっていかないといけない。そのために
今しなければいけないことは、ひたすら自分の魅力を高
めることだと思っている。具体的にどんなことで活躍す
るかは、後から考えればいい。金メダルやノーベル賞を
狙う訳ではないから、あせることはないと自分に言い聞
かせている。では、魅力とは何だろう。色んな要素があ
るし、人によって違いもあるだろう。ただ、ここで一つ
取り上げたいのは、自己アピールしない人だ。言い方を
変えれば「プレゼン」しなくても魅力的な人だ。ルック
スのことを言っているのではない。ルックスも魅力の一
つではあるが、初対面で名刺を出さなくても、自分のこ
とを話さなくても、内面の魅力が伝わって来るような人
のことだ。有名な話に「木鶏」というのがある。「もっ
けい」と読む。この話を一言でいうと、最高の状態は、
木で出来た鶏のように、静かに平然としているというこ
とだ。
ところで、最近「枯れ専女子」というのが増えているら
しい。50代以上の男性を好む30代以下の女子のこと
だ。枯れるのも悪くないかも知れない。

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小さい生き方 26

 2018-06-15
広島県立美術館に行って来た。併設されているイタリア
ンレストランがとても素晴らしかった。美術館の素敵な
中庭を眺めながら食事が出来る。ちょうど紫陽花が満開
で美しかった。さて、今回の目的は食事ではなく「パリ
ジェンヌ展」だ。その題目のとおり、パリジェンヌを描
いた絵画を中心に展示されている。パリジェンヌと言え
ば、思い描くイメージは、チューリップを逆さにしたよ
うなスカートを穿いた美しい貴婦人ではないだろうか。
作品もそういうものが多かったが、中に「アイロンをか
ける若い女性」という作品があった。この作品は、貴婦
人ではなく、エプロン姿で袖をめくり上げた召使いが、
アイロンをかけている様を描いている。ただ、彼女の目
線は非常に官能的だ。アイロンがけをしながら男性を誘
惑しているようにも想像できる。そして、よく見るとア
イロンをかけている布に、今にも火が燃え移りそうな光
景が、端の方に小さく描かれている。彼女はその魅力的
な眼差しで誘惑しておきながらも「私に手を出せば火事
になるわよ」と暗に言っているようだ。しかし、男性で
あれば、この絵を観れば間違いなく、御主人とメイドの
アバンチュールを妄想するだろう。そう思うのは私だけ
かも知れないが。
さて、私、美術館には、NHKのテレビ番組「日曜美術
館」で紹介された展覧会の中から、狙いを定めて出掛け
て行く。日曜美術館で少しだけ知識がインプットされて
いることが、当日の楽しさを倍増させる。美術館併設の
レストランで食事するのも楽しみの一つだ。それから、
時々ミュージアムショップでお土産を買う。渡した相手
が、美術館の包装紙に気付いてくれて、展覧会のことが
話題になるかもしれない。密かにそんな淡い期待も抱い
ている。ミュージアムショップでは、必ずポストカード
も1、2枚買っておく。たいがい展示作品のポストカー
ドがあるので、気に入った作品を選ぶ。何年か経って、
そのポストカードを誰かに送る時、展覧会のことを想い
出すことができる。送る相手のイメージや季節よってカ
ードを選ぶのも楽しい。
美術館に行くことで「美的センス」と「心」が磨かれる
のではないかと考えている。美的センスと言っても、デ
ザイナーのような高度なことではなくて、ただ単に、美
しい物、素敵な物を「見よう」「感じよう」とする意識
が高まることを期待している。例えば、食事に出掛けた
ときに、器や盛付けの美しさに気付いたり、店舗の外観
や内装の素晴らしさを感じるというようなことだ。そう
いう習慣がつくことで「美しい」と感じた心が自然に言
葉になる。そうして発した言葉は、お世辞ではなく、本
心から感じた言葉だから相手も本心から喜んでくれる。
「素敵ですね」「ありがとう」
そういう会話から明るい関係をつくって行きたい。
美しいものに対する感度が高まれば、人を喜ばせ、自分
も楽しみながら、自己の周りの小さな世界を明るくする
ことができるかも知れない。だから、その感度を高める
ために美術館に出掛けることは、最終的に「心」が磨か
れることになると思っている。

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小さい生き方 25

 2018-06-08
銀座の流儀「クラブ稲葉」ママの心得帖。このビジネス
書をお勧めしたい。特に感激したのは「ゆとり世代ホス
テスの操縦術」というテーマ。その中に、こんな一文が
あった。〜今の若い人たちはとにかくガツガツしている
感じはイヤ、競争や人より抜きんでようという類いのこ
とを、感覚的に嫌います。〜そういう野心などまったく
ない若い子たちのモチベーションをどう上げていくの
か? 今の若い子は「お金のために頑張ろうよ!」と言う
と「えー、今のお給料で十分です」となってしまいま
す。〜ところが人のためになるとか、世の中のためにな
る、そういう言葉なら彼女たちにはとてもよく響くよう
なのです。〜
私が思う「ゆとり世代」の特徴はこんな感じだ。丁寧に
仕事をするけど、バリバリと仕事を優先させるのは好ま
ない。上司に噛み付いてきたり、アイデアをどんどん提
案してくることはない。浪費はしないし、安く生活する
術を持っているから、お金はそんなにいらない。かとい
って志が低い訳でも成長欲がない訳でもない。そんな彼
女たちを経営者や上司はどう育成すれば良いのだろう。
そう、前述のごとく「心」に響かせるしかない。だが、
これも言うほど簡単なことではない。彼女たちは頭脳明
晰なので「口先だけ」では、すぐに見抜かれて、逆にモ
チベーションを下げてしまう。仮に前述のように「人の
ため、世のため」などと指導するのであれば、まず、経
営者や上司自身が、そういう生き方をしていないといけ
ない。もし、そうでないのに、そのような指導をすると
彼女たちは白けてしまって、逆効果になる。だから、私
が考えるに経営者や上司は、まず「尊敬」される人間性
を身につけなければならない。そして、その上で指導を
行うのであるが、私流だと指導方法は、二つの要素に応
じて、それぞれのやり方がある。一つは「具体的なこ
と」これは、淡々と指導する。例えば、ミスがあった際
に「こうすればいい」と指導するケース。この時、注意
すべきは、けっして咎めないこと、怒らないこと、感情
的にならないこと。粛々と必用な事だけを伝え、ミスを
正す、場合によっては今後の対策を助言する。二つ目は
「考え方、心構え」これは、指導しない。そう言うと終
わってしまうが、直接指導はしないけど、機会をみて間
接的な話はする。指導という形ではなく、考え方や心構
えを、自分や第三者のケースで話すのだ。例えば「あの
時、私がそうしたのは、こう考えているからだ」という
感じで、自分の立場で話す。そして、それが相手の心に
響くことを期待する。相手の立場で話さないと理解して
もらえないと思いがちだが、そこをグッとこらえ、相手
を信じる。相手の立場で話してしまうと、命令、説教、
否定という風に感じて、萎縮したり反発したりする可能
性があるからだ。
繰返しになるが、相手の心に響かせるためには「尊敬」
されていなければならない。そして、尊敬されるために
は普段の行動に「愛」がないといけないと思っている。

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小さい生き方 24

 2018-06-01
先日「JUJU」のライブに行った。端の方だったけど一
番前の席だった。ファンクラブに入っていて良かった。
アンコール曲が終わって、終了を告げるアナウンスが流
れると、一斉に観客全員が席を立って会場の出口へ向か
う。私、その歩いている時間が好きだ。ライブの余韻が
気持ちいい。観客たちのざわざわとした声も心地良い。
同じように、ライブが始まる前の、会場に入った時のざ
わめきもいい。期待でいっぱいのファンたちの空気は気
分が高揚する。これだけでも、来て良かったと思える。
私、この頃、クラシック音楽や短歌を好むようになって
いて、かすかに危機感を感じている。「JUJU」と「絢
香」のファンクラブに入っているのは、老いに対するさ
さやかな抵抗だ。
50代の生き方として、紳士を目指しながらも、若者の
「ノリ」を少し持ち続けていたい。ただし、それは、い
わゆる「チョイ悪オヤジ」とは微妙に違う。まず、スタ
イルは、紳士に「爽やか」のエッセンスを少し効かせた
イメージだ。だから「茶パツ」にはしたくないし「ジー
ンズに革ジャン」もありえない。そもそも、ワイルド系
は私にはまったく似合わない。芸能人で言えば、おこが
ましいけど「神田正輝さん」かな。
心は、世界を愛しながら自我を調和させていきたい。何
を言っているのか分かりにくいが、どういうことかと言
うと、自分がしたいことが生じたら、それが、まわりに
どう影響するかを考えて、なるべく良い影響を与えるよ
うなやり方で行うようにするということ。例えば、趣味
をするのであれば、それを家内と寄り添ってできるよう
に考えたり、その趣味をすることで家内へのサービスが
低下しないようにするということだ。もっとも、私は家
内の「しもべ」のようなものだから、もともと趣味を優
先できる身分ではないが。
さらに言えば、成果を求めない自己実現をして行きた
い。ここで言う成果とは「お金」や「勝ち」のこと。も
ちろんお金は必要だから、100%求めないということは
あり得ない。理想を言えばお金を「勝ち取る」のではな
くて「与えられる」ようにしたい。ただ、成果を切り離
して自己実現の方法を考えるのはモチベーションが上が
りにくい。だから、成果は「お金」ではなくて「愛や感
謝」に置いて方法を見出すようにしたいと思っている。
しかし、こんな風に考えていると、あまりにも生き方が
紳士的で「おだやか」になり過ぎて、行動する力が弱く
なってしまう。そこで、若者の「ノリ」がカンフル剤と
して必要になってくるのだ。しかも、その「ノリ」に
は、少し「チャラさ」が入っている感じがいい。軽い感
じが楽しそうに見える。例えていうと、ベースは「神田
正輝さん」で、心の中に「所ジョージさん」を少し加え
たような感じだ。
だけど、思い出してみると、コンサート会場で「母と
娘」らしい観客たちをちらほら見かけた。あれも実は、
母が娘の「若さ」を使って、老いへの抵抗力としての
「カンフル剤」にしているのではないだろうか。

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