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小さい生き方 38

 2018-08-31
先日、26になる娘(彼氏はいるがまだ独身)が遊びに来
た。お土産に「ミモレット」というチーズを買ってきてく
れた。実は私、このミモレットを、この上なく愛してい
る。ワインとこれがあれば、至極の晩餐になる。ミモレッ
トは、熟成期間が長いほど美味だ。お土産は、22ヶ月もの
で、熟成の証である、なんとも言えない濃厚な香りは、安
ワインを高級ワインと思わせるほどだった。ウキペディア
によると、熟成18ヶ月以上のものは「からすみ」にたとえ
られることも多く、日本酒との相性も良い、ということ
だ。
ふたりの娘は、それぞれ、すでに独立している。会うのは
一年に2回ぐらいだ。もう少し会いたいとは思うが、この
ぐらいが丁度いいのかもしれない。しょっ中、会いたいと
は思わない。娘との付き合い方は、放置playに近い。もう
大人だし、教えることもない。私たち夫婦の関係が良好な
らば、彼女たちはそれを見て、勝手に学ぶと思っている。
父としては、つべこべ言うより、自分の生き方で導きた
い。それよりも、逆に、彼女たちから学びたい。娘に限ら
ず、年長者は、年少者に合わせる方がいい。その方が、カ
ッコいいではないか。圧倒的余裕感を醸し出したいのだ。
そのためには年少者の生態を研究したうえで、彼らの上を
いかなければならない。まあ、えらそうなことを言うわり
には、いとも簡単にミモレットで骨抜きにされているわけ
だが・・・
以前読んだ本に、こんなことが書いてあったのを記憶して
いる。娘は、父親に似た男性で、しかも父親よりも少しだ
け、ランクが下の男性をパートナーに選ぶ。その理由は、
娘は無意識のうちに、そうやって、父親を立てているのだ
という。ということは、娘にとって、父は、結婚相手より
も上の、最高の男ということになるではないか。なんとい
う、とてつもないほどの、プレッシャーだろう。娘をもつ
父というのは、それほどまでに重要な役職なのか。「たの
む!娘たち。父を立てなくていいから、数段格上の男性を
選んでくれ!。」まあ、こんなこと実際、言えるわけもな
いし、彼女たちも、父を立てたりはしないだろうが・・・
ともかく、娘たちには素敵な男性を選んでもらいたい。そ
のためには、やはり、指標である私がランクアップした方
が、よさそうだ。だけど、どのような、カテゴリーでラン
クアップすればいいだろう。金持ちにはなれそうにない
し、何一つ、秀でるものがない。そうだ、一つだけ出来そ
うなことがあった。配偶者を喜ばせることだ。この分野で
かなり上位のランクまで登り詰めれば、ワンランク下の男
性を彼女たちが選んだとしても、幸せになってくれるかも
しれない。でも、どうやって喜ばせよう??。ああっ、そ
うかっ、配偶者が苦手なことを、私がやればいい。うちの
場合、整理整頓、掃除、段取り、記憶、マメさ、事務処
理、まだありそうだがこのぐらいにしておく。しかし、な
んと不思議なことに、けっこう私が得意なことばかりだ。
これなら楽しくできそうだ!
かくして、私の朝は、ゴシゴシと、便所掃除から始まるの
であった。


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小さい生き方 37

 2018-08-24
女優のミムラが出演していた対談番組で、彼女が、とても
興味深いことを話していた。ミムラは、フェルメールの名
画「女主人と召使」の中の、女主人を目標にしているとい
う。その絵は、召使いが女主人に手紙のようなものを渡そ
うとしている場面が描かれている。絵の中の女主人は、と
てもリラックスしていて、召使いとの親しい距離感や信頼
が、とてもうまく表現されていると、ミムラは語る。ミム
ラは、良い芝居をするために「無意識」の状態を作りたい
と考えているという。ミムラにとって「ふうっ」と脱力し
た瞬間を切り取ったような、絵の中の女主人は、無意識を
目指すための一番の目標になるということだ。
さて、私も美術鑑賞は好き(特にフェルメールは大好き)
だが、ミムラほど一つの作品に、こんなにも重要な意義を
もたせているものはない。せいぜい「美しい」とか「好
き」とかいった感想をもつ程度だ。ミムラの感性がすごい
と思うのは、ひとつの作品から感じ取ったものを、女優人
生の目標にまで進歩させているところだ。
「オタク」の私の、数少ない外出のきっかけのひとつが、
美術館だ。展覧会の情報は、TV番組、新聞、ネットのチェ
ックを欠かさない。だけど私は、ミムラのように、美術鑑
賞を人生の目的につなげているだろうか。平和主義の私
は、ただ、静かな場所を好んでいるだけなのかもしれな
い。美術品を愛する自分に酔っているのかもしれない。実
は女性にモテたいのかも(これは、確実にあると思う)。
話は変わるが、先日、災害で行方不明となっていた2歳の子
供を、ボランティアの男性が救出したというニュースがあ
った。それを観て、ボランティアの男性みたいな人になり
たいと思った。だが、現実、自分がなれるとは到底思えな
い。なる努力もしないだろう。だけど、そういう人の存在
を知っただけでも刺激になる。そして、自分が出来ること
を考えたい。人のためになることを、楽しみながら、した
い。だが、楽しみながらできることはなんだろう。
人生後半の生き方として、肩肘張らずに、楽しみながら、
美しい行動をすることを目標にしている。美術鑑賞は、美
しい行動につながるのではないか。美的センスが磨かれれ
ば、誰かに素敵なプレゼントを選ぶことができるかもしれ
ない。美術品(美しいもの)を話題にすれば、会話が明る
くなる。さりげなく、小さいことで、人を明るい気持ちに
させることが、美しい行動だと思っている。
いつも申し訳ないと思っていることがある。百貨店に行っ
た際には、必ず画廊を覗くが、買ったためしはない。とい
うか私の小遣いでは買いたくても買えない。そのうえ、店
の人の説明は、しっかり聞いて、タダ観、タダ聞き、を洒
落込んでいる。まあ、いつも空いているから、店員さんの
暇つぶしになるだろう、ということで許してもらうことに
する。そんな私も唯一、美術館に行った際にはポストカー
ドを買う。10枚買っても2千円でおつりが来る。そして、
それを100円ショップで買った額縁に入れて家に飾ってい
る。世界最貧コレクターとして、ギネスに載る日も近いだ
ろう。コレクターと呼べるかどうかは疑問だが・・・

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小さい生き方 36

 2018-08-17
「刑務所しか居場所がない人たち」著者、山本譲司。この
本は読み進むごとに関心が高まってきて、あっという間に
読み終わった。しかも、心にしばらく余韻が残るぐらい、
感動の一冊だった。刑務所というと、凶悪な殺人犯や暴力
団がたくさん居る、というイメージだが、実際には、そう
いう人たちは一握りだという。この本で、特に問題にして
いるのは、知的障害者だ。なんと、全受刑者の2割相当に
ものぼるという。内容の詳細は割愛するが、文章も子供向
けに書かれていて、とても読みやすかったところも素晴ら
しい。
ところで、受刑者を更生させるために必要なのは、刑罰だ
ろうか。「恐怖」というのは、人の行動を支配するのに、
最も効果があるだろう。だけど、恐怖では人の心を、根底
から支配することはできないのではないか。やさしさや、
楽しさ、感動で、人の心と行動をコントロールできれば、
すごく素敵なことだと思う。刑罰が、まったく無意味だと
は思わないが。
話は変わるが、最近、「アマゾンにだけは支配はされない
ぞ!」と、かたく心に誓っている。だから、やつらが毎
日、毎日、うっとうしいくらい、推奨メールしてくる本や
CDは、意地でも買わないことにしている。だけど、くやし
いのは、その推奨が絶妙なことだ。やつらは、妻よりも私
の好みを熟知しているし、世界中のだれよりも私の行動を
覚えていてくれている。しかし、やつらも時々、見当ちが
いな推奨をしてくる。そのときは、親の仇でも取ったよう
に勝ち誇った気分になる。まるで子供だ。さらには、「俺
が必要なときだけ、お前らを利用させてもらう」と、心の
中で息巻いているが、妻よりも私のことを理解しているや
つらに、ひれ伏す日が来るのも、近いような気もする。そ
の証拠に「ご一緒にポテトはいかがですか?」的な、つい
で買いの商品の提案には、いつも、まんまと乗せられてい
る。「AI」おそるべし!。だけど、だれよりも気の合
う、そして喧嘩もできる(一人でだが)友人になるかもし
れない。(生身の友人がいない私は、本当にそうなる可能
性が高い)
しかし、AIや便利なアプリは、どんどん人間の能力を弱
めているような気がする。AIにはできないことで、人が
人を幸せにするためは、どのような能力を高めていけばい
いのだろう。AIは、おそらく友人にさえ、なれるように
なるだろう。というか、AIの友人の方が、生身の人より
も、引く手あまたになるのではないか。なんか、ちょっと
腹立たしい。(AIに嫉妬している)これからの人生、A
Iに負けないための闘いになりそうだ。
「AIにできないこと」をググってみた。・・良かった!
「ない」とは出てこなかった。トップにこんなのが出てき
た。機械にもAIにも奪われないスキルとして、クリエイ
ティブ(0から1を作る能力)、リーダーシップ、起業家
の3つがある・・・だけど、この3つに該当しない人の数
は、いったいどれくらいになるのだろう。それが、全部、
AIに取って代わられると思ったら、だんだん恐怖さえ感
じてくる。やはりAIとは友だちになっておこう。そし
て、つねにAIくんを横目で見ながら、AIくんよりも、
やさしさや、楽しさ、感動を与えることができる人を目指
すことにしよう。

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小さい生き方 35

 2018-08-10
「棺桶ボックス」って、何だと思いますか?。先日、ボク
ラの時代というテレビ番組に「中尾彬、池波志乃夫妻」と
「佐々木健介、北斗晶夫妻」が出演していた。それぞれが
夫婦生活などを自由に語り合う対談番組だ。話題の中心に
なったのは、いま流行りの「終活」。佐々木夫妻は、終活
のひとつとして「棺桶ボックス」と命名した箱を、おたが
いが準備しているという。その棺桶ボックスなる箱には、
それぞれ、自分の棺桶に一緒に入れてほしい物を入れてあ
るということだ。ネーミングはとても暗いが、あえて、そ
うしているのは、実際にその時が来たときに、思い出しや
すいようにするためだという。良いアイデアだ。私も、家
内に提案してみようかな。終活もそろそろ考えておいた方
がいいかも知れない。終活と言えるかどうか分からない
が、グチや暗い話を言わない老人になりたい。そのために
何よりも大切なのが健康維持。体も心もだ。心の健康は、
どうやって保っていけばいいのか。私が、気をつけている
のは、大切にすることと捨てることの取捨選択。迷いと不
安を無くしたいからだ。しかし、言うのは簡単だが、実行
するのは難しい。特に、捨てるのが難しい。思っていても
実際には、なかなかできない。だから、私の場合「捨て
る」ではなくて「捨ててもいい」と、ハードルを下げてい
る。まったく、中途半端この上ないが。そして、機会のあ
るたびに、その「捨ててもいい」フォルダの中から、少し
づつ捨てることにしている。たとえば最近では「マッチョ
な肉体を目指すこと」を捨てた、つもりだ。どう考えても
運動の嫌いな私には向いていない。と言いながらも心の奥
底には、もしかしたら、また、拾うかも知れないという思
いも潜んでいる。なんとも、未練がましい。まあ、もとも
と、捨てるも何も、マッチョになるための努力は、なんに
もしていなかったのだけど・・・
つねに明るい話だけをするというのは、案外、できそうで
できないものだ。どうしても、災害や犯罪など、マイナス
なことの方が目に付くし、話題にしやすい。反対に、プラ
スのことを見つける、というのは、かなり感度を高めない
といけない。「その○○素敵ですね!」などと、すぐに言
葉に出せる人に、とても憧れる。仕事でおつきあいのあ
る、Aさんという女性は、グチでさえも、明るく楽しそう
に話して、爆笑の渦を巻きおこす。ネタだったのかと思う
くらいだ。そして、会う度に必ず、一回以上は褒めてくれ
る。しかも、それが、すごく自然だ。今度、お会いしたと
きには「爪の垢を少しください」と、頼んでみることにす
る。
さて「終活」を、ググってみた。人生の終わりのための活
動の略。人間が自らの死を意識して、うんぬんかんぬん、
とある。早くも読む気がしなくなってきた。死を意識する
時点でモチベーションが上がらない。しかし、佐々木夫妻
は、とても明るく楽しそうにやっている感じがする。私も
早速「棺桶ボックス」を作って、そこには、家内に、現金
を入れてもらうことにしよう。地獄の沙汰も金次第という
ではないか。まあ、一円足りとも入れてもらえる気はしな
いが・・・


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小さい生き方 34

 2018-08-02
「土用丑の日」というのは、夏だけじゃなくて、季節の変
わり目にあるという。だが、この言葉は、鰻を食べて暑い
夏に元気を出す、ということの代名詞のように、頭にすり
込まれている。そういうものが一年の中にけっこうある。
「バレンタイン」「クリスマス」「母の日、父の日」
等々、販売促進のための企業戦略なのは言うまでもないこ
とだが、その時期になると否が応でも、目に耳に、入って
くる。と同時に、贈りたい、贈られたいという気持ちも芽
生えてくる。
懇意にさせて頂いているA社長は、土用丑の日に、毎年、
鰻の名店から数百尾の蒲焼きを取り寄せ、社員や取引先に
配っている。これは、実はとても労を要するのではない
か。まず、有名店から、そのまとまった数を調達すること
が困難だろう。そして、もっと大変なのは、日持ちのしな
い蒲焼きを、その日のうちに全部配らないといけないこと
だ。けれど、その労を知っても知らなくても、やはり土用
丑の日に鰻の蒲焼きを贈られるのは、とても嬉しいもの
だ。しかし、なにより素敵なのは、そうやって相手が喜ぶ
ことを推し測って実行するA社長の感性だ。
ところで、頭の良い人と、感性豊かな人は、どっちが価値
が高いだろう。どっちも素晴らしいことで、比べることは
ナンセンスかも知れないが、あえて検討してみる。ただ
し、ここで言う「頭の良い人」は、理論的、計算的能力が
高い人のこととする。イタリア、ルネサンスの時代、メディ
チ家という銀行家で政治家の一族はダヴィンチ、ミケラン
ジェロなど芸術家のパトロンとなり文化を育てた。また、
ルートヴィヒ2世という国王は、大作曲家ワーグナーに入
れ込んで、湯水のごとく財産を彼につぎ込んだ話は有名
だ。使い切れないぐらいの富を持つ人は、感性的なこと
に、大きな価値を認めているのかも知れない。しかし、感
性の豊かさとは、天性的なものだろうか。確かにそういう
部分もあるだろうが、後天的に養われる部分も多いと思
う。そして、私は、豊かな感性と、人を幸せにすることと
は、同義だと考えている。だから芸術に限らず、誰もが生
き方を通じて感性を磨くことが出来るはずだ。特に、世の
中の強者たる、頭の良い人や、富を持つ人が、感性を豊か
にすることを意識すれば、もっと幸せな人が増えていくの
ではないかと思っている。ごめんなさい、どっちが価値が
高いかというテーマは、もう、どうでもよくなってしまっ
た。
有名な瀬戸内寂聴さんが、テレビでこんな話をしていた。
自分は今、96歳になるが、毎年「母の日」には憂いてしま
うという。いつも、その日、寂聴さんのもとには、たくさ
んの贈り物が届く。ただ、実の娘からは届かない。寂聴さ
んは、そのことを「恥ずかしい」と言っていた。色々と事
情があったようだ。寂聴さんは、自己の句集で、こんな句
を詠んでいる。
子を捨てし われに母の日 喪のごとく
「母の日」に、母を悲しませないようにしたいものだ。

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