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小さい生き方 46

 2018-10-26
大相撲高松場所を観に行った。テレビでしか観たことなかっ
たけど、本場所とちがって、コミカルでおもしろい。観客は
老若男女さまざま、外国人もチラホラ見かけた。観客を観る
のも楽しい。お酒やビールを飲んだり、力士を追っかけて、
サインを求めたり、ひたすらスマホで撮影したりと、様々に
楽しんでいる。人気力士が登場したときには、女性客のかけ
声が響く。なかには誰もが声をかけないような、あまり人気
のない力士にばかり声をかける、マニアックな女性もいた。
取組の終わった人気力士が、花道を帰るとき、子供や女性が
手を出して、スキンシップをもとめる。その時に、やさしい
対応をする力士をみると、見ているこっちまでが、微笑まし
くて嬉しくなる。ちなみに私の同行者は、酔っ払いオヤジ
(飲んではいない)のごとく、取組が始まるたびに、誰彼か
まわず声援を送っていた。あれは、たぶん、ただのストレス
解消だとしか思えない。
さて、先日のNHK番組「日曜美術館」は素晴らしかった。巨
大な絵画を描く画家「遠藤彰子」の特集だった。番組の中
で、すごく心に残ったコメントがある。司会者の質問にたい
して、彼女は、巨大な絵の前に立って、こう答えた。「大き
な絵は動きがないといけない、この絵は、このへんから、
グワァーときて、ガーっと行って、ブワーっと来
る。」???。う〜ん、意味不明、はっきり言って、ぜんぜ
ん説明になっていない。だけど、不思議に納得するし、天才
的な感性と情熱を感じる。考えてみれば、ああいうものは、
説明などしない方がいい。逆に言えば、説明が必要なもの
は、作品とは言えないのではないか。観た人が何かを感じる
ことができれば、それが、その作品の価値だと思える。観た
人それぞれに、感じ方は違っていてもいい。もしかしたら遠
藤氏は、先入観を持たせないために、あのようなコメントを
したのかもしれない。だけど、そうされると、なぜか、もっ
と話を聞きたくなる。番組は司会者と遠藤氏の対談の途中で
終了したが、とても名残惜しかった。私の性根がねじ曲がっ
ているのかもしれないが、細かく説明されると、うんざりす
るけど、ひと言で終わってしまうと、もっと聞きたくなる。
そして、そのひと言が魅力的な人は、聞けば聞くほど、好感
度が高まってくる。
じつは私、ほんとうは、相撲はあまり好きではない。だか
ら、取組よりも、力士のキャラクターを楽しんでいる。家内
は、決まり手を覚えるほど、相撲の取組が大好きだ。そし
て、それ以上に、懸賞旗の本数をかぞえるのが好きらしい。
「勝ち」にこだわる世界も素晴らしいけど、勝敗を考えない
世界も素敵だ。勝敗を意識すると、心が苦しくなることが多
い。勝つことにこだわりすぎると、自分本意になってしま
う。相手を喜ばせることを考えると、穏やかな心でいられ
る。相手のことだけを考えて、自分のことは天にまかせるの
が理想的だと思う。
隣からこんな声が聞こえてきそうだ。「なに、ねむたいこと
を言うてるんや!、理屈はええから、サッサと稼いでこんか
いっ、理想でメシが食えるかっ。ああっー、白鵬がまた勝っ
た、すごい懸賞金や!」・・・たしかに、それも一理ある。

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小さい生き方 45

 2018-10-19
かなり早いけど、忘年会をおこなった。勉強会(頭に汗かく
会)の忘年会だ。年末に入ると気持ちがおちつかないので、
毎年、10月に開催させてもらうことにしている。会の最中、
参加者のひとりと、こんな話をした。その方は、私の家内の
ことを「可愛い方ですね」と言ってくれた。思わず、無意識
に「あの笑顔があれば、ほかには、なにもいらない。」と答
えた。初めて、そんな言葉を口にした。自分で言っておい
て、バカみたいだけど、とても心がじんじんと温まった。後
で考えてみたら、笑顔とか、良い言葉というのは、とても価
値のあることだなと、あらためて思った。笑顔には「他に何
もいらない」とまで思わせるパワーがある。良い言葉は、言
った自分の心にまで、良い影響をあたえる。極端なことを言
えば、笑顔で接することと、良い言葉を発することだけを目
標にして、生きていけば、いいのではないかとさえ思う。
話は変わるが、先日、TV番組で、マラソン解説者の増田明美
がこんな話をしていた。「できるだけ選手の良いところを伝
えたい。選手のファンを増やすために。」彼女は、自らの経
験から、日々、過酷なトレーニングに耐えている選手にとっ
て、なによりも励みになるのは、ファンの応援だと知ってい
る。それが、この言葉を生み出しているのだろう。そんな彼
女の解説は、とても人気があるという。その裏側には、コツ
コツと地道な取材活動がある。そして、選手やファンを喜ば
せようという、愛がある。番組の最後には「次の目標は東京
オリンピック、特にパラリンピックの観客数を増やした
い。」と語っていた。私は、番組が終わるやいなや、早速、
アマゾンをクリック、彼女の著書「認めて励ます人生案内」
を買物カゴに入れてしまっていた。著書を買うことで、ささ
やかだが、応援になると思っている。
そういえば、最近読んだ本で、野田あすか著「発達障害のピ
アニストからの手紙」はすごく感動した。著者とその家族
は、著者が20歳をすぎるまで、発達障害とは知らずに生き
てきたという。もしかしたら、そういうことが、自分のみじ
かなところでも、あるのかもしれない。知的障害とか、うつ
病の人は表面に現れにくいから、周りの人は気付きづらい。
本人でさえ気づいていないのであれば、なおさらだ。誰かが
気づくことで、彼らの苦しみが、緩和されるかもしれない。
その誰かは、健常者の方であるべきだと思う。だけど健常者
は、私もそうだが、弱者から目を背けてしまいがちで、関心
が薄い。だから、せめて、ある程度の知識をつけておきた
い。気づくことができるように、感度を高めておきたい。い
つか、どこかで、彼らの役に立つかもしれないから。
さて、忘年会が終わったら、次はクリスマスだ!。思うに、
年々、どこもかしこも、白くなってきて、だんだんサンタに
近づきつつある。お腹も・・・・ヤバいっ、衣替えの前に、
これをなんとかしないと、スーツのズボンが入らないっ。
もし「スーツを新調したい」と家内に言ったら、まちがいな
く、笑顔は消え失せ、悪魔の形相に変わるだろう。

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小さい生き方 44

 2018-10-12
AI(人工知能)の特集番組を観ていて、ひとつ、考えさせ
られる話があった。AIをさらに進化させるために、二つの
AIに、それぞれ、詐欺者と刑事のような役割を与えるとい
う。どういうことかというと、一方のAIに、もう一方のA
Iを騙す方法を考えさせる。騙される方のAIには、その騙
しを見破る方法を考えさせるということだ。そして、そのよ
うなプロセスを繰り返し、おこなっていくことで、経験値が
蓄積され、AIがどんどん賢くなっていくという。なるほ
ど、たしかに、賢くなるように思える。だが、はたして、そ
のようなプロセスで進化したAIは、人のためになるのだろ
うか。むづかしいことは分からないけど、AIを、そういう
ふうに育てるより、もっと美しい育て方があるのではない
か。たとえば、双方のAIが、喜ばせ合うことによって、進
化していくような方法はないのだろうか。
人を育てるのも、そうありたい。否定や説教で気づかせるの
ではなく、遊びや楽しい会話で気づかせるようにしたい。た
とえば、食事に行くのでも、楽しくて美味しい食事ができる
だけでなく、なにかテーマを考えてみる。健康でもマナーで
も社会貢献でも、なんでもいい。テーマでお店を選ぶ。そう
することで、会話もテーマにそったものになって、相手が自
然に気づいてくれるかもしれないし、自分も学ぶことができ
る。食事のほかにも、プレゼントを贈ることやコンサートに
行くことなど、ようするに、相手の心を豊かにすることを考
えればいい。そうすれば、おのずと、相手にたいして、思い
やりのある会話になる。それは、相手にも伝染する。そし
て、相手の心が豊かになれば、否定や説教なんかしなくて
も、たいがいのことは、良い方向に進むだろう。
そういえば、先日、家内と一緒に、食事会に参加した。その
食事会は、食事をしながら店長と料理長が、和食の食事作法
と料理のコツをレクチャーしてくれるものだった。できあが
った料理を、参加者が自分で盛り付ける実践もあった。食事
マナーも、盛り付けも、調理も、相手のためを想うことが基
本になる。そういう話を、楽しみながら聴くことは、とても
心が豊かになる気がする。滝に打たれたりといった苦しい修
行をしなくても、悟ることはできるのではないだろうか。
しかし、そのうち「振込め詐欺」も、AIがやるようになる
のではないか。対策を考えても考えても、また、AIは新た
な方法を考え出して、電話をかけてくる。そうして、AIの
経験値が上がっていけば、お年寄りだけでなく、すべての人
にたいして「振り込ませる」テクニックを持つようになるの
かもしれない。それこそ、AIが、配偶者にまで、成り済ま
すようになれば、間違いなく私は振り込んでしまうだろう。
なぜなら、私にとって、配偶者の命令は絶対だからだ!。
まあ、そもそも、振込むもなにも、つねに多くても数万円し
か所持することを許されていない私は、たいした被害は受け
そうにない。逆に、家内にたいして、AIが、私に成り済ま
したとしたらどうだろう。ああ、その場合は大丈夫だと断言
できる。なぜなら、家内は私の話は聞かない。

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小さい生き方 43

 2018-10-05
ここ数年、誕生日が来るたびに思っている。そろそろ人生終
盤、自分の使命を考えないといけない。その一つが、看取
り、介護というテーマだ。親も自分も含めて方針を想定して
おきたい。この本は、とても参考になった。「私が誰かわか
りますか」著者、谷川直子。著者の体験にもとづく看取り、
介護が、小説仕立てで書かれている。読み物としても面白い
し、知識も深まる。この本のなかでは「長男の嫁」というの
が、とても大きなキーワードになっている。小説の主人公も
長男の嫁だ。そして、私も長男。だが、家内に自分の親の介
護をしてもらおうとは思っていない。家内が、家内の実家の
親を介護したいと言えば、心良く送り出すつもりでいる。介
護の問題は家族で解決すべきだということであれば、まず、
家族を定義する必要がある。正直に言って、私は家内の親兄
弟を家族とは思えない。みんな好きなのだけど、やはり、親
族としか思えない。私にとっての家族は、家内、娘、親、兄
弟だ。家内もおそらくそうだろう。それが、介護にたいする
考え方の基礎になっている。そして、つぎは自分だ。自分
は、ともかく、介護にならないように予防する、それだけ
だ。なってしまったら、もう任せるしかない。どうにでもし
てくれればいい。一つだけ言わせてもらえば、明るくて、よ
く喋る女性の介護士さんがいる施設に入れてほしい。
後半の人生、使命をイメージしておくことで、生きかたの基
本的な指針が明確になると思う。私の場合、まず、第一は、
配偶者を幸せにすること。第二に、好きな人たちを喜ばせる
こと。第三は、自分より弱い人を助けること。そして、すべ
てにたいして、共通するのは、楽しくやること。楽しみなが
らするためには、知識が必要だと思っている。知識がない
と、思考の範囲がせまくなって、いつまでも同じ位置から出
られないし、新しい行動にむすびつかない。ただ、知識なら
何でもいいということではない。使命があって、そのために
学ぶことが、行動と成果につながり、相手の喜びや感動が生
まれる。そのプロセスはとても楽しい。
思い出せば、先日、家で読書していたら、突然「パン!パ
ン!」と、銃声が聞こえてきた。とうとう、戦争が始まった
か!。慌てふためき、状況を把握しようとした。家内の部屋
からは「ギャハッハッ」と大きな笑い声が聞こえる。誰かと
電話しているようだ。台所を覗いてみると、なんと、鍋の中
で、玉子がおそろしいことになっているではないか。私の推
理では、これは、ゆで玉子を仕掛けたまま、完全に忘却した
にちがいない、すなわち、北朝鮮の攻撃ではない(笑い声は
さらに大きさを増している)。ようやく電話を終えた家内
は、状況を確認するやいなや「わー、忘れちょったー、どう
して止めてくれんかった!」なぜか逆ギレ。(いや、ゆで玉
子してることなんか知らんし)「でも、なんとか食べれそう
や」うって変わって家内はご機嫌になる・・・・かくしてわ
が家は平和な日常を取り戻したのであった。

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