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小さい生き方 30

 2018-07-06
お世話になっている社長さんのお誘いで、淡路島に日帰り
観光に行って来た。私のベストワンスポットは伊奘諾神宮
にある「夫婦大楠」だった。樹齢900年以上といわれる、
その大楠は、根元は1本だが、途中から幹が二本に分かれ
ている。不思議なことに、元々は二本だった木が、いつし
か繋がったのだという。まさに「夫婦」と呼ぶにふさわし
い。夫婦大楠の二本の幹を見比べてみると、片方が真っ直
ぐ悠々と大きく伸びているのに対して、片方は一方の邪魔
にならないように、折れ曲がって伸びている。その曲がっ
た方の幹は、相手を根元で支えながら、相手が大きく伸び
るのを助けているように映る。まるで夫婦のあり方のお手
本のようだ。だが、折れ曲がって伸びている幹の方は、夫
だろうか、それとも妻だろうか。私は、夫だと思う。そも
そも、人間というものは、女が主役で、男は脇役だと思う
のだ。そして、私の勝手な想像だが、女は、人生を楽しく
するために、男という生き物をつくったのではないか。そ
う考えれば、男は女を楽しませるために存在することにな
る。だから夫が、この原則(私流の)に従って自分の生き
方を考えて行動すれば、夫婦関係が充実したものになっ
て、夫自身も幸せになると思っている。しかし、言葉にす
るのは簡単だが行うのは容易ではない。なぜなら、男と女
の「楽しみ」は、一致しないことが多いからだ。だからと
いって、夫が自分の楽しみを全て犠牲にしたら長続きしな
いし、妻も心苦しくなる。夫は夫婦大楠の片方の幹のよう
に、折れ曲がりながらも上手に伸びて行くことは、できる
のだろうか。
恥ずかしい話だが、私、40歳ごろまでは、まず自分が満ち
足りた上で妻の満足を考えればいい、という考え方だっ
た。けれど、ある日、妻の何気なく言ったひと言が、考え
方を変えるきっかけになった。妻はその時「わたし、いま
幸せ」と言った。その言葉を聞いて何故か、頭をカナヅチ
で殴られたかのような衝撃を受けた、と同時に、鳥肌が立
つくらい心が気持ちよかった。その時に初めて気がつい
た。考え方が逆だったと。そうして、根本的な考え方が変
わってくると、日常の一つ一つのことに、気づきと課題が
生まれる。例えば、妻はなぜ、その日あったことを喋りた
いのだろう? という疑問を抱けば、そのことについて知識
を得ようとするし、どう対応すれば良いかを考えるように
なる。以前なら理解不能なまま、理由も考えず、ただ、イ
ライラしていた。そして、さらに進むと、それを自分も楽
しむべく、工夫するようになる。また、妻が喜ぶことを考
えるのは、自分には存在しない嗜好や価値観を研究するこ
とになって、面白いし、その知恵が外で役に立つこともあ
る。
ちなみに「夫婦大楠」を観に来ていたのは、熟年夫婦が多
かった。有名なパワースポットでもあるこの「大楠」は、
安産、子宝、夫婦円満の御利益があるらしい。熟年夫婦の
夫は「曲がった方の幹」を見て、自分に置き換えることが
出来たら、熟年離婚を回避するという御利益を得られるか
もしれない。
私の法則でいくと、妻を楽しませることが出来ない夫は、
人生の後半、お払い箱になる確率が高い。

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